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【読了】人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答

人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答 (新潮新書)人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答 (新潮新書)
(2009/04)
茂木 健一郎南 直哉

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『人は死ぬから生きられる―脳科学者と禅僧の問答』
茂木健一郎 南直哉【著】

―――書評―――
科学者と禅僧という、真逆の立場とも言えそうな2人の対談集。
仏教の思想、禅の思想、といった、精神的な部分、本来はなかなか語り得ない部分を、茂木さんが科学の役割でもある、わかりやすい言葉であらわすよう努めている印象がある。

両者とも柔軟なところがあり、茂木さんは仏教への関心があるようだし、南さんは科学への理解があるようで、2人の考えの目指すところは同じだと感じた。
だからこそ、内容がより豊かなものになっている。

「生きることを質入れしている」という言葉に深く感じ入った。
この世の中には生きることの大変さを回避するための装置がたくさんある。
装置というのは、物語という言葉を使っても良いかもしれない。
苦難を誤魔化すための物語。
しかし、本当に「生きている」ということのためには、安易な方法に逃げるのではなく、破綻していようとも、生を引き受けることが大事。

対談本ながら、ハッとする言葉が多くて、いろいろ考えることが出きる良著。


―――内容―――
我々はどこから来たのか、そしてどこへ行くのか―。
人類誕生以来、問われ続けてきたアポリア(難問題)に、脳科学者と禅僧が挑む。
死はすべての者に平等に訪れる。
けれど誰もが望んでこの世に生れてくることはできない。
つまり、「私」に根拠はないのだ。
だからこその苦、だからこその人生。
それでも、その苦しみを引き受け、より良く生きるための方法はある。
無常の闇に射す一筋の光明を探すため、存在を賭けた脳と仏教の真剣勝負。

星の友情(茂木健一郎)
1 無記の智慧(坐禅とクオリア;説明不足の仏教;悟りが最終目的ではない ほか)
2 脳の快楽、仏教の苦(裸になれる場所;恐山の日常;「信じる」とは何か ほか)
3 人生は「無常」である(クオリア、仮想、偶有性;「疑団」の破裂;偶有性の反意語 ほか)
悦楽する知(南直哉)

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